その日、もし高校のプロジェクトマネージャーがドラッカーにころされていたら
— ト (@toby_net) September 4, 2018
もしそのような事が起こっていたならば、インターネット最階層にうなだれていたその死体は、猫が障子に飛び込むような動画のようにループしていたに違いない
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そして、その日、あたかも遅れてきた救世主のように相談窓口は開かれた。死体にとって窓口は特別なことではなく、その日も開かれただけだった。その日は、マネージャーの肉親が追悼を表明していた。
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マネージャーの高校はどこだったのか? 関わっていたプロジェクトは? 様々な憶測がコード化され、誰しもが見られるメディアとして再構築された。 表現形式波ともかく、肉親や知人以外に誰が知りたいのだろうか?
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もし、ドラッカーが生きていたならば、どう考えたであろうか。 マネージャーの同僚が、肉親が、 はたまた上司が同じような時期に、同じような時間帯に、個別に考えはじめていた。
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誰も彼もが同時にドラッカーならば… と考え続け、その行為すべてが終わるまで、何もかもが、世界そのものがそれを待っているように見えた。
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世界が起こりえない事を待つのであれば、そこで世界は終わっていたかもしれない。
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しかしながら、結果的に ーー
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それは偶然というよりは必然的に ーー ドラッカーによる殺人は起こらなかった。
そもそもドラッカーの存在はおろか、高校野球のプロジェクトマネージャーすら存在しなかった。
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その日が来ることはなかったのだ。 だからといって、世界が終わらないとは限らない。案外、世界とはそのようなものだ。 一つ懸念がふっしょくされたとして、別の懸念は無数にある。
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世界による世界の懸念は的中した。ある日、高校には仮想マシンが使われた。プロジェクトマネージャーはあなたであった。凶器には真紅のジャバボタン。 ただ一つおかしかったのは、殺したと思われる者が無料ということだった。
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その日、もし高校が高校であり、プロジェクトマネージャーがマネージャーであり、ドラッカーがドラッカーである事を保証していたら
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世界を一つの異常な事態を察知するやいなや、いち早く事態を大きくしないために、世界自身は終わらせる命令を下した。それは受け入れられた。
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見守るものがいた。崩れていく世界を見守る者は世界に取り込まれることはなかった。その見守るものは、もう一度世界を作り直した。
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ただ、世界が始まるきっかけとして、最初の一蹴りをするだけであったが、それが見守るものの役目であった。 そのために、世界から見た時間にして何万年、何億年、何千億年、もしくは何も起こらないほど短い間を待っているのだ。
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見守るものにより、「見守り運動」とも言うべき役目は、そのものが運悪く世界に取り込まれるまで続いた。
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そこにはジャバやジャバボタンなどが絡んでいたかもしれないが、全体から見れば些細なことであった。 些細か些細でないかも些細なことであった。
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『終わる、もし…』より抜粋
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