ジャバボタンのない店

「めんの硬さ等はどうされますか。」 しゃがんだ店員がテーブルのメニューをこちらに向け、指し示す。 外食の機会が増えた。ここはラーメン屋が多い。

— 小学ニ年生 別冊付録 (@toby_net) April 8, 2018

「へい、らっしゃいッ!」「しゃいッ」「イヤーッ」
ごった返してザワつく店内に、さらに大きな店員らの声が響く。

「こ★【お※✦め】で■願い❏ます●」
「【おすすめ】で。」
目の前の店員はメモをとる。

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「あざいましたッ」「アザッ」「シターッ」 客の出入りのたび、壁の新メニューが揺れて感じる。

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「チェーン店だけど、こんな店は中々ない。おいしいし。」
隣の客から、かすかに聞こえた声に一人うなずく。

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「でも…」 その先は言わずとも分かった気がした。実際は、自分とは異なる「意見」だったが。

「接客が丁寧すぎる。騒がしい。ゆっくり食べる時間でもないけど… もう少しさ」 と隣の客。会話から察するに、同僚を連れたサラリーマン風だった。

違う。そうじゃない。

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「そうじゃない。 呼び鈴がジャバボタンでないのが不満なんだ。」

誰にも聞かれないように、ぼくは一人ごちた。

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真昼の時間帯、店には稼ぎどきだ。そんなときに、「三名。連れがくる。」と仮想の人間を想定し、一人でテーブル席を確保。仮想の人間は、仮想であって、来ない。

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仮想のフレンドを利用し、昼に広い席を確保する。「ジャバボタンではない」、そのようにテーブルのボタンを「批評する」にふさわしい振る舞いだ。ぼくは自負した。

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「お客さま。お連れの方のご注文は…」

背の低い自分よりも、さらに低い姿勢で店員が問う。

「一人はお手洗い。もう一人はまだ来てない。お冷だけでも。」

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あまりに店員の姿勢が低いため、ついついこちらも、椅子の背から腰を離し、テーブルの下に少しだけもぐり込んだ。店員も高さを合わせた。思わず寝そべるか、テーブル下に隠れたくなった。

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気まずくなった私は、店員が去ると、そのまま外へ出た。

「あざーしたッ」「シターッ」「ーッ!」

いきなり去っても問題はない。先程まで、仮想フレンドの注文を聞かれていたが、本来ここは食券機で最初に料金を払うのだ。

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「お客さま、お待ちを」

ギクリとした。背すじに感じた冷たさは、外の気温を麻痺させた。春とはいえ、小雨が降る中だった。

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「お客さま、これを…」

トッピング無料。 次回つかえるサービス券だった。きまづくなった私は、指でバツマークを作る。店員は察したのか、そのまま店内に引っ込んでいった。

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まばらだった雨は、いつの間にかコートの色を変える程になっていた。

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『ジャバボタンのない店』より抜粋

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