異世界めぐりは日帰りで

異世界巡りは日帰りで

— ジャバから始める社会生活 (@toby_net) June 25, 2016

温泉に来たはずが、今は鎧姿に槍を持ち、前列に立っている。向こうには、同じような槍、盾、後ろには騎兵。こんなツアー聞いたことがない。

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分岐点は、量販店の抽選に当たった日。一等、無料のバスツアーだ。確かに「温泉」、宝刀、宝石めぐりと合った。

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「温泉は… 夏休みの学生バイトは… 伝統的な和室は…(ブツブツ)」

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無料の温泉ツアー(+高額催眠セールス) のはずが、行き先は異世界であった。

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量販店がグルだったのだろうか。中身は感知しないのか。 いや、数年前から、無料ツアーは度々オファーされていた。

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高額セールスさえ、スルーしてしまえば、あとは由緒ある温泉宿 ーー 今の時期暇なーー にて、ゆっくりするはずであった。

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帰り際のことだった。高速のパーキングエリア、トイレ休憩の時に、ひっそりと運転手が交代されていたのだ。

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「すみませーん。もう少しで、解散場所ですが、交代されるんですね。」
私は大きなハンドルを回すフリをしながら、二人の乗客員に話しかけていた。

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「ジ…ジ…ジャ」
「…おい」

新しい運転手が、何か言おうとした時、今までの運転手が、私との間に手を差し入れ、対話を止めた。

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「すみません、アナウンスなしで。体調を崩しまして、急遽、交代になりました。休憩を挟んだのも…」
「ジャバ」

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「…今、バャジャって聞こえませんでした…?」と私。
「え…?すいません。聞こえませんでした。騒音が騒がしくて… それに…」
旧運転手の抑揚からは焦りを感じられた。

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「もう時間ですね。皆さん乗りましたので出発します。急がないと置いてきますよ?」

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「えっあっ、、はい。」「冗談です。それでは、私はこれで…」
「えっ、ここで、降りられるんですか?」
「ええ、…」

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ええ、私の仕事はここまでなので、と唇は動いていた。ドアは締まり、バスは動き出していたのだった。

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…1時間半後。
「あ、」「あの!」
私が運転手に質問しようとしたとき、別の女性が勢いよく声を上げた。

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女性の方を見ると、紙袋一つなかった。白味のある無地なVネック、動きやすそうなストレッチパンツ。旅行にしては、ラフな格好だ。

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意識しないと気が付かないヒールの高さが、アクティブさを物語っていた。

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女性の手持ちには、土産物用の紙袋がない。高額セールスな商品は郵送で届けられるので、他の参加者には、案外分からないものだ。そして、ラフな格好。 彼女、明らかに、無料ツアーに慣れている。

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オプションは社内弁当のみであったので、高額商品も買っていないだろう。
その彼女が、私より先に、運転手へと話しかけていた。

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「あの! この道、いつもと違いますよね。 駅北のターミナルに向かう道とは逆ですよね。」
「ギ…ギ… ジャバ」

会話になっていない。

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直後、急ハンドルが切られる。彼女は体を物理法則に支配された。片方の手で支えていたようだが、人間程度では物理の力に勝てない。意志ある剛体は、ガッシリ椅子に固定していた私にぶつかり、止まった。

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「す、スイマセン!」
「そ゛れ゛よ゛り゛、前(マ゛エ゛)ッ!前(マ゛エ)ッ!」
ギュウギュウに、棒と肉に力学的に挟みこまれた顔が痛い。

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浮いた。車体が浮いた。駅北バスターミナルは、まだ空中トランスポータルな機能はない。新湊大橋にしては、横揺れを感じない。

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「浮いてる」
「浮゛い゛て゛ま゛す゛ね゛」
「…」
「どけ゛て゛く゛ださ゛い゛」
「アッ… 」

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「落ちる!」
「落ちてますね。」

駅北ターミナルは遊園地ではなかったはずで、高所恐怖症殺しの新湊大橋といえども落下と感じるほどの傾斜はない。消去法で、ガケだ。

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……

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「おい、起きろ!」

紅い甲冑に身を包んだ女騎士が立っていた。兜を外し、聞こえる甲高い声は騎士というより、紅いスーツの上司だ。

「どこだここは… 日帰り温泉ツアーは」

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「日帰りだと!?お前はここで、ずっと働くんだよ!」
ズシャリとムチが地面を撃った。違う。紅いスーツとは違う。

ソフトウェア開発に特化した威力の割に音がする、ムチとはワケが違った。下手をすると、全身の皮を剥がされかねない。

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ムチというより、ゴツいメイスの先端に鎖と鉄球が付いている。

「無料のツアーにしては高くつきそうだ」と私は思った。

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『異世界めぐりは日帰りで』より抜粋

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