ドーナツの穴

「用意はしてある、戸棚を開けろ。ドーナツの穴にキーは隠されている」

電話の向こうの声は、変声されている。どこかで聞いた抑揚だが、気にしている時間はない。あなたは、ジャバりと 棚.オープン(); すると、ドーナツの穴は消失していた。

— ジャバとドーナツの穴、それらの意外な関係 (@toby_net) 2016年3月16日

「おいどうなっているんだ!ドーナツの穴はおろか!ドーナツすらないぞ」

ガチャッ、ツーツー。

電話は切れ、手掛かりは途絶えた。戸棚にドーナツはなかった。一体、穴はどこに持ち去られたのであろうか? ドーナツの穴。構成する柔らかな物質を崩すだけで、失われるほど脆弱な穴であった。

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食卓に見慣れない付箋が貼ってある。

「なになに… 『ドーナツは食べました。代わりに、冷蔵庫のプリンはあげます。私より』…」

思わずあなたが電話を放り投げると、冷蔵庫からは無機質特有の悲鳴が上がった。

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「プリンには『ドーナツの穴』はない……」

悔しさのあまり、手に持っていたものをつぶした。
電話とは別の手に持っていた、その物質は柔らかく、ぐにゃりと変形し、しばらくのち、ベタリと床に落ちた。

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プリンがドーナツにある穴の代替にならないことを知っていたあなたは、何か方法がないか記憶を探索をし始めていた。

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「見える…… これはドーナツだ……まだ穴はある。 そして、付箋、プリン、そして…」

そして?

「私だ(つまりあなた)」

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「もしや、電話の向こうの声は…」

あなたは録音アプリを取り出すと、履歴を眺めた。電話で聴いた声だ。編集前の声を再生。あなたの声であった。机の前に向かう。付箋を見る。まるであなたで書いたような字だ。冷蔵庫のプリンは、昨日コンビニで買ってきたものだった。

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「つまり、ドーナツの穴のありかは…」

あなたは視線を下に向けた。先ほどまで存在していたであろう、穴がその形状を保てなくなり、本体はつぶされた状態で転がっていた。

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『ドーナツの穴』より抜粋。

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